「人を信じる」ということはある意味、とても簡単なのかも知れません。
それは言葉を換えれば期待であり、希望であり、妄想であり・・・
これだけ年金の不安要素が取りざたされて
「いや、大丈夫。」
というのは期待。
温暖化が進んで加速度的に自分でも解るくらい異常気象によって身近に災害があっても
「いや、まだ大丈夫。地震も大災害もこねえよ。」
というのは希望。
自分の元を去っていった恋人が
「いや、きっとぉ〜♪あなたは〜戻ってくるだろぉ〜〜♪」
と歌っているのは妄想。
一番辛いのはそれらを信じている自分自信を信じられなくなったときなのではないでしょうか。
時が経つにつれ現実がのしかかり、不安が募る。
いつまでも夢の中に逃げ込んでいるわけにもいかない。
最近、ある人に、
「私が今まで会った、ともさんくらいの年の人は、みんなそれなりに騙されたり、裏切られたりしてきて、あんまり人のことを信じたりしないけど、ともさんは信じる気持ちが強い人なんですね。」
と言われた。
僕は現実を目の当たりにするのが怖い臆病者なのかもしれません。
僕もこれまでの人生で貸したお金が返ってこなかったり、約束を破られたり、信じられない裏切りをされたことも少なからずあります。
でも、少しでも自分の関わった人や事柄を疑いたくないのはきれい事ではなく正直な気持ちです。
僕が自分を信じていられるのも、こうしてブログを読んでくれたり、お店に来てくれるみなさんがいてくれるからだと思います。