最近テレビでは、いじめによる自殺の事件の報道が後を絶ちません。
ある番組では視聴者から寄せられたFAXや電話の件数が4000件になりました!と声高に叫んでいました。
遺族やメディアの怒りの矛先は学校に向いていますね。
体裁のため事実を隠蔽することは良くないことですが、だからといって学校を責めていじめが無くなるのでしょうか?
僕はそうは思いません。
いじめは昔も今もあります。今まで仲良かったグループでもちょっとしたことがきっかけでいじめになることがあります。
そこに先生が出てきて
「いじめはするなっ!」
と怒鳴ったところでいじめが無くなるとは思えないんですね。
それどころか、もっと深くて暗い部分でいじめが行われるような気がします。
「いじめを世の中から無くそう!」ということ自体がそもそもおかしな話しだと思います、
今、世の中がそこに時間やお金や体力を使うことにやっきになってますが、それよりも大切なことがあると思います。
僕は、いじめは「対処」だと思います。
いじめは事前に防ぐことは出来ません。いじめている側の人間は「よし!明日からいじめをしよう!」と思ってやっていないからです。
ちょっとした些細なケンカや行き違い、そんなことが積もり積もって始まることが圧倒的だからです。
じゃあ、「どう対処すればいいんだよっ!?」ってことになるのですが、それこそ、マスコミやメディアが取り上げなければ行けないことだと思います。
「私もいじめられました!」
「私も死にたい!」
という声を何千件、何万件集めていじめられてる人に
「ほら、こんなにいじめられてる人がいるよ」
と言ったところで何の勇気も湧きません。
それより、いじめから立ち直ったり、回避できたケーススタディを集めることで「対処」が出来ると思いませんか?
「僕はこうしていじめから抜け出せた!」とか、
「死ななくて良かった!」とか、
「いじめられてる子供のサインの見分け方」
そんな報道がまるっきり無く、ただ、被害者の声ばかり集めて「今日も死にました」なんてやってるから、「自殺」という対処方法をしてしまうような気がします。
昔から日本にはいい諺があるじゃないですか
「逃げるが勝ち」
という。死にたくなるほど辛ければ転校とか、不登校とかして逃げればいいと思います。
死ぬよりいいじゃないですか。
大人は、
「そこで逃げたらなんら解決しないから立ち向かわなければいけないんだ!」
「こっちが悪いことをしてるわけじゃないんだから、出て行くのはいじめてる方だ!」
といいますが、僕みたいに「右の頬をぶたれたら顔面をぶん殴り返せ!」の人間ならまだしも、それが出来ないから我慢するしか結局方法が無くて、辛すぎて
「生きていてもしょうがないよなぁ〜これからずぅ〜っとこんな毎日だったら、もういいや」
になってしまうのではないでしょうか。
人は人生の中で逃げずに立ち向かう時と、逃げ出す時があります。
あの鬼神と呼ばれた織田信長ですら上杉謙信との戦いに敗戦し、撤退しました。彼がその時に逃げなければ天下統一も出来ず、今の世の中も無かったのかも知れません。
今、逃げてもその後、逆転すればいいわけで、生きると言うことから逃げてしまうと逆転は無いですからね。
僕はいっぱい逃げてきましたが、今、とっても幸せです。
おしまい