昔、「里見八犬伝」というお話しがありました。
NHKでは人形劇で、角川映画では薬師丸ひろ子さんと真田広之さんが主演でした。
城を乗っ取られ殺された玉梓の呪いに打ち勝つために選ばれた八人の勇者がそれぞれの持つ玉の力に引き寄せられ伏姫の元に集まり魔物を討ち果たすというお話しです。
その時に手にした玉の中に書いてある言葉
「仁義礼智忠信孝怫」
これは中国の儒教から伝わった言葉だそうです。
それぞれに意味があり、こういった内容だそうです。
仁 (誰某と隔たりなく慈しむ心。)
義 (義理人情を尽くす心)
礼 (礼儀を重んじ感謝する心)
智 (善悪を見分ける心)
忠 (まごころで仕える心)
信 (信じる心)
孝 (先祖を大切にする心)
梯 (仲良くする心)
胆 (動じない心)
勇 (やり遂げんとする心)
今朝のNHK教育の「にほんごであそぼ」というタイトルの番組(小錦さんが出てました)で紹介されていました。
先日、小学校5年生以上の英語教育の必修化について、伊吹文部科学大臣が
「英語の必修化より、日本語教育の方が必要・・・」
と言ったことにより波紋が広がってます。
中には
「そうかもしれないが、影響力のある大臣が勝手に言うことではない!」
と憤慨されてる人も多いようですが、個人のコメントや価値観を政治家が言うと必ずそう言い返す人がいます。
だから、いつまで経ってもあいまいな答弁しか出来ない政治家ばかり増えるのだと思います。
そうして官僚主体の政治になっていくのだと悲しさすら感じます。
英語教育の是非は僕には解りませんが「日本語の教育が必要・・」というのは僕も思います。
こんな素敵な言葉や教えがあるのに知らないのはもったいな様な気がします。
尊敬という言葉を流行った歌の歌詞の「リスペクト」に置き換え多用したり、まるで「外国かぶれ」のようで、「尊敬する」ということ自体が軽いことのように思います。
僕はお店の家具や照明とかを買い付けるためにタイ語を猛勉強して多少なりとも現地で困らない程度の会話力はあるのですが、時々、詐欺まがいのタクシーの運転手がわざと道を間違えたふりをして遠回りしたりするとき、タイ語で
「ね〜ね〜、道が違うんじゃないですか?」
などとやっていると早口のタイ語でまくし立てられてしまうので、そんな時は日本語で
「てめぇ!こらぁ!ふっざけんじゃねえっ!誰乗せて走ってんだか、わかってんのかぁ?ごらぁ!」
と、背もたれを蹴りながら丁寧に話すと、たいがいビックリしますがわかってくれます。
やはり、いざというときは母国語に限ります。
特に感情を表現するときは日本語の方がいいですね。
恥ずかしいけど
「アイ ラブ ユ〜!」
と言われるより、
「愛してます」
と言われた方が嬉しいですからね。
最近、大人になって「言霊」の力を信じられるようになりました。
「夢は言葉にした方が叶う」
というのはまんざらウソでもない気がします。
その時にキレイに日本語が使えないと叶う願いも叶わないような気がします。
おしまい