タイの路上には至る所に「物乞い」がいます。
単体、親子、身体のどこかが無い人、寝たまま身体を引きずりながら移動してる人、
どれも「哀れみ」を醸し出しています。
しかし、彼らは「ホームレス」ではありません。
ちゃんと夜には「帰り」ます。
物乞いは彼らの「ビジネス」です。
彼らは毎朝「エージェント」にトラックに乗せられて「それぞれのショバ」に運ばれます。
一日が終わるとまた「回収」されて、その日の「売上」に応じて歩合が渡されます。
もちろん、エージェントはピンハネします。
以前住んできた「一軒家」の時は「ノラネコちゃん」が住み着いていて悩まされました。
今度のマンションは大丈夫なようです・・・・・が、
家の前に高速道路があって、その高架下に「ホームレス」が住み着いています。
昼間はどこかに行っていて夜に帰ってきてダンボールを敷いて寝ています。
高速道路の高架下は雨風しのげるので丁度いいのかも知れない。
「居心地のいいところを探す」感覚はネコもホームレスも同じなのか?
自営業をやっていると、終身雇用のサラリーマンが穏やかな海を悠々と走る巨大なタンカーだとすると、僕なんか戸板一枚で荒波を突き進んでるようなもので、毎日不安との戦い。
今でこそなんとか10年続けられているものの、何度も大きな波を被って心が沈みそうになるも小さなオールでえっちらおっちらかいて、スタッフやお客さんに助けられながらなんとか沈まずにいられてます。
なので「一歩間違えるとホームレスにもなりかねない。誰も保証してくれません。
なので、いつも彼らを見ると
「明日は我が身」と自戒の念を込めて日々過ごしています。
そう思うと彼らも頑張って戦ってなんらかの理由でドロップアウトしてしまってるんだろうな〜。
と心のどこかで思っていて、ネコにはどう転んでもなることは無いので冷静かつ冷徹に対処したのですが、ホームレスはどうしても人ごとに思えずにいました。
なので、彼らを見る度にネガティブな自分のイメージが湧いてきて怖い気持ちにもなってました。
普段、ホームレスの人をまじまじと観察することがないので解らなかったのですが、家の前ということもあり、小学生の「朝顔の観察日記夜版」みたいな感じで、見ていると、どこから持って来たのかフライパンでなにやら作っていたり、食べています。
すぐそばにあるゴミの集積所から使えそうなモノを取り出したり、あさる姿は猫やカラスとあまり変わり有りません。
時折「お仲間」でしょうか数人集まってタバコを吸いながら「酒盛り」を始めたりします。
その光景を見て、僕はふと思いました。
僕自身が酒もタバコもやらないのもありますが、
「この人達はこの生活を
選んでるんだ」と。
僕なら酒やタバコに掛けるお金を家賃に廻し、コツコツ貯めて商売を始めます。
そして酒盛りしてる時間があればその時間働きます。
そう思ったとたん、自分のネガティブの先に「ホームレス」は無くなりました。
彼らは家賃を払うお金があればお酒を飲んだりタバコを吸うのでしょう。
大きな違いは「守るモノがある」ことの違いかも知れません。
家族や恋人や友達、家や店や会社。
守るモノがあると人は強くなれます。
自分だけだと
「ま、いいか〜」
と諦めたり投げ出したりしたくなるけど、守るモノがあるとギリギリで踏ん張れたりするものです。
Hanaも来て下さるお客さんがいてくれる限り、どんなに小さくなっても守り続けようと思います。
そして、僕もこの先、どんな苦しいことがあっても頑張れると確信しました。
家の前のホームレスさんのおかげで僕の不安は高速道路の高架下から解放されました。
彼らにちょっと感謝しました。