"孤独"という言葉をよく耳にする。
都会でひとり暮らしをしていて、
ふと、気がつくと周りは結婚していて、
仕事に追われて、ひとり家に帰って、ドアを開ける。
暗い部屋が待っている。
テレビを点けずにはいられない。
そんなとき、"孤独"を感じる。
「よし!婚活でもするか!」
僕の中で気をつけてることの一つに
「お腹の空いてるときにスーパーで食料品の買い出しをしない」
ってこと。
確実に食べきれない量を買ったり、余計なモノまで買ってしまうからだ。
それと同じくらいに気をつけてることの一つに
「淋しいときに恋人探しをしない」
ってこと。
決まって長続きしないのと、そんなときに限って、"いいカード"が後から出てきたりするもんだ。
なので、"淋しいときの婚活"はあまりオススメしない。
ましてや淋しいときっていうのは"空腹時"と同じでブレーキが利かない。そして、"自分のことしか考えない"。
そもそも"孤独"とは何を差して言っているんだろうか?
確かに、ひとり暮らしの部屋に帰ると誰もいない。いたら怖い。
部屋に戻ると、明かりが点いていて、奥からいい匂いがしていて、テーブルの上には焼きたてのお魚に炊きたてのご飯、そしてお味噌汁におみおつけ。
「おっ、美味そう!」
ふと見るとべたんだのドアが少し開いていて、そこから吹き込む風でカーテンがなびく。
ベランダのドアを開けるとそこには誰もいない。
ふと外を見ると、電信柱の影からこっちを見上げる視線。
ふと、目が合うと向こうはかすかに微笑む。
そしてきびすを返して走り去っていく・・・・・
恐ろしくて眠れない。
僕が19歳の頃、お金がなさ過ぎてライフラインをたたれたことがある。
当然"電話"も停められた。
とたん、"孤独"を感じた。
「ああ、オレ、ここで風邪引いて寝込んで死んでも、誰も気がつかないかもしれない・・・」
なんて頭の中で思ったりもした。
ひとり暮らしの密室で唯一外界とのパイプは電話だからだった。
そう思うと、今は一人に一台携帯電話がある。
ボタン一つで必ず誰かに繋がる。
さらにどこにでも持って行ける。
携帯電話は僕たちの生活から"孤独"を取り上げてくれたんじゃないかな。
あんまり「淋しい、淋しい」って言ってると19歳の僕に笑われちゃうぞ。
「むしろ、携帯を忘れたときとか、使えないときにホッとするときもあるよね。」