昨日、家に帰ってテレビを点けたら、体操の世界選手権の男子個人総合をやっていたので、晩ご飯(シリアル)を食べながらなんとな〜く、見ていた。
最後の鉄棒の演技で、アメリカの選手が落ちて、それも顔から。
コーチのお父さんが励ますも、
「あっち行っててよっ!」
とその落ち込みようたるや、もう子供のようだが、それほど、思いが強いんだろうってのが本当に伝わってきた。
その後、日本の内村航平くんが最後の演技をした。
それほもう、それまでの人の演技が「なんだったんだ?」と思うほどの美しさで、
最後のフィニッシュはテレビを通してなのに、もう鳥肌が立ってしまった。
表彰では金メダルと同時に「エレガント賞」という、最も美しい演技をした人に与えられる賞を受賞して、彼は
「金メダルより嬉しかった」
ともう、「競う」という競技の枠から離れたもう芸術としか言いようのない世界にいるような気がした。
同じスポーツでも、「速い」とか「強い」とかでなく「美しい」という一見審査員の主観でしか判断出来なさそうな部分で認められるのは、
無条件に心が震えた彼の演技は誰もが納得できる評価なのかもしれない。
朝、テレビを点けると、ノーカットでまた鉄棒の演技を流していた。
一夜明けた今朝でも、その感動は薄れることなく、内村くんの両足がマットに突き刺さるように鮮やかなフィニッシュが決まったとき、鳥肌が立った。
う〜〜ん・・素晴らしい!
その後のニュースで、「iPhone4S」のニュースをやっていた。
3日間くらい、アップルストアの前で並んでる人もいた。
発売開始するも、システムの機能障害とかで、さらに待たされるハメに。
手に入れた人にインタビューすると
「なんか、手に入れた“達成感”がありました!」
「自分との戦いでした!」
「待ってる間、どうやって暇を潰すかが問題でした!でも、待っててよかったです!!」
内村航平くんの演技を見た後だけに“達成感”という言葉の意味がわからなくなった。
まあ、いろいろ人によって使い道があるもんなんだな〜。とは思うが。
ただ、iPhone4Sを手にした人を見ても鳥肌も立たないし、感動もしないけどね。